さも嬉しそうに銀髪を見ていたがその手を開くと、風に吹かれて髪は散り散りになり海へと消えていった

彼女は元親が思う以上に小柄だった。恐らく頭一つ分は違うのではなかろうか

 

 

彼女の足は血に濡れていた

 

 

彼女の背後には多くの死体が転がっており、どれも喉を掻き切られ絶命

しかし彼女は露ほども気にしていないようで、それどころか鼻歌を歌っていた

 

 

それを見た元親は嫌悪感がこみ上げると同時に、直視できずに目をそらす。家族のように接していた手下の死は、仕方ないと分かりながらも慣れることはない

 

「玩具が壊されてそんなに気に入んない?」

 

「なんだと?」

 

元親は片眉を吊り上げる。こいつは今何と言った?

真面目な顔をしながら、その声は無邪気さを帯び、目には楽しげな表情を湛えたの言動と行動は、中国の覇者と畏怖されるあの男に酷似していた

 

 

 

ただ違うのは、この女は純粋に殺戮を楽しんでいるということだ

 

 

 

毛利元就は自分の作戦を成功するためには部下を殺すことも厭わないが、殺戮を遊びのように楽しむことはない

 

「血霞だな」

 

苦虫を噛み潰したような顔のまま言う

それは質問ではなく確認だった。あれほど目立つ頭髪をした人間が、元親と以外にこの日の本にいるだろうか

 

「西海の鬼だろ」

 

これは確定を示唆していた

声は若く張りがあり、か細いにはほど遠く、野太いにはさらに遠かった。ただよく波にも負けないよく通る声をしている

元親は返答の代わりに碇槍を構えた。元親の武器は珍しい形状をしており、それを見せるだけで返答になるとも言えるのだ

は幾度か目を瞬かせると、朗々と声を上げて笑う

かと思うと、互いの息を感じるほどの近さにの顔があった

首筋にはひやりとした感覚。思わず冷や汗が流れる

 

の唇が元親の耳に妖しく囁く

 

「鬼は退治される運命だ・・・

 

 

死ぬぞ」

 

 

「あ、アニキ!」

部下の叫び声で現実に引き戻された元親は、の手が凶刃をふるうのを見た

咄嗟の判断で地面をはじくように地面を蹴ると、目の前を強烈な光が過ぎ去る

 

あと一瞬遅ければ死んでいた。確実に

 

半月に近い形をした彼女の両手にある武器は、できる限り敵を傷つけられるように試行錯誤した結果だろう

女だからと、舐めていては死ぬ

元親は女と子供は斬らない主義だ掲げていたが、そうも言っていられないようだ

 

額を伝う汗を拭う

 

それすらも待たないは目にも止まらぬ蹴りを繰り出す。空気を引き裂く音が耳に届き、すぐさま元親はその足をとらえた

右足を封じられたはすぐさま腕を軸として逆の足を弾き上げる。それも元親は受け止めようとしたのだが、異変に気付いた

 

 

鋭い煌めき

 

 

素早く碇槍を蹴り上げると、金属同士がぶつかり合う耳障りな音が一体に響き渡った

火花を散らし、ギチギチと音を鳴らす双方

はさすがに脚力と腕力では勝ち目がないと思ったのか、元親の腕を払い遠くへ逃げる

しかし中・遠距離攻撃に長けた元親がそれを逃がすはずがない

 

「そらよっ!」

 

「!?」

 

元親は鎖を手繰り寄せ、渾身の力を込めて目掛けて投げる

あれほど重い物を投げるとは思わなかった彼女は紙一重で避けるも、皮一枚裂かれた

しかし元親も先程の蹴りの摩擦で頬に小さな切り傷を負っていた

 

「陸生まれにしちゃなかなか」

 

「お前もな」

 

「あたしは生まれも育ちも海だ」

 

誇らしげに豊かな胸を反らせてみせた

辺りの長曾我部軍の兵たちが唾を飲み込むのが、二人の耳に届く

 

何やってんだあいつらっ・・・!

 

いや、元親も男としてに魅力を感じないわけではない。恐らく出会うのがこんな所でなければ、人魚か何かかと思ったに違いない

ただここは血飛沫が飛び散る戦場だ。集中してほしい

顔を押さえた手をどけると、目の前からが消えていた。そして感じた僅かな殺気

瞬時に目を落とすと、懐にが入り込んでいた。あまりの早さに絶句する

 

「もーらいッ!」

 

しかし元親は数歩後ずさることで致命傷を回避した

斜めに引き裂かれた腹からはボタボタと血が滴る

 

「くっそ!」

 

「気ぃ取られすぎ」

 

強烈な衝撃が元親を襲う

視界を星が舞い飛び、数瞬してようやく顎を殴られたのだと理解した

よろめいた元親に最後の一撃をくらわせようと、が振るいあげた半月

しかしそれは首を捕えることなく、宙を掻いた。あまりのことに思考に一瞬空白が生まれる

そしてその体は弧を描きながら盛大に地面に打ち付けられ、肺から空気を全て吐き出した

 

「???」

 

「甘ぇんだよ。ま、結構効いたけどな」

 

碇槍から降り立った元親が血の混じった唾を甲板に吐きながら言った

野性の勘というべきか、間一髪では己の武器で元親の十飛を防いだのだ。しかし本人は何が起きたのか分かっていない

駆け出した元親に危機を感じ、咄嗟に彼女は武器の片方を投げた。それは無残にも剛槍に弾かれ空を飛ぶ

立ち上がるが先程打ち付けた背中に鈍い痛みが襲い、回避が遅れ、元親が眼前に迫る

 

血飛沫が盛大に飛んだ

 

膝をついたのは元親だった

 

の両手には投げた武器を含め、しっかりと握られていて、片方には血が滴っていた。それは形を変え、三枚刃に変わっている

それが元親の脇腹を引き裂いたのだ

 

「てめぇ・・・っ」

 

「あれ、深く入ったと思ったんだけど。すごい生命力だな」

 

その金の瞳を丸くしながら、が血濡れた武器が握られる手を引くような動作をした

 

 

途端に響く鼓膜を裂くような絶叫

 

 

まさかと思い、振り向いた鬼が見たのは凄惨そのもの

体が二つに裂かれた者、首がない者、四肢の一部を失い痛みにのたうちまわる者

驚くべきことにそれにはの軍も混じっていた

血の海がじわりじわりと広がっていく

地獄絵図と化したその船上を見たは、信じられないことに残念そうな表情を浮かべていた

 

「やっぱりまだ改良が必要かぁ・・・。全員一発で殺ろうと思ってたんだけど」

 

「お前・・・、何してやがる!自分の仲間じゃねぇのか!」

 

その言葉には理解ができないというように首をかしげた

 

「何言ってんだ?仲間って誰のこと?

船を動かすにはそれを動かす力が必要。あれはそれよ。分かりやすく言うなら・・・

あんたのからくりと同じだ」

 

「な・・・に・・・?」

 

仲間を物を指すようにいったこと。からくりに例えたこと。全てが元親の理解ができない

 

 

狂ってる。これなら毛利元就のほうがマシだ

 

 

これだけ冷酷な所業を繰り返しても、仲間が死のうとも彼女は何とも思わないらしい。感情がないのだろうか

元親は怒りで歯を食いしばる

 

「強い奴は弱い奴らを守ってやるもんだろうが・・・」

 

ふつふつと込み上げる怒りを吐き出すように

笑っていたの声が止まった。その顔に笑みはなく恐ろしいほどの憎悪が渦巻いていた

襟首を掴まれ、と視線がかち合う

 

「強い奴が弱い奴を守る?馬鹿言うな!

強い奴がやるのは強奪、使役、強姦だろうが!そして興味がなくなれば売る。それか殺す

弱肉強食が世の常だ!お前の言ってることはただの理想だ!」

 

強烈な言葉に身を刺されるようだった。確かに否定はできない。元親がしなくとも他にするやつは五万といるのだから

 

「お前に下の者の何が分かる?城の中でぬくぬく育ってきたお前に、あたしらの気持ちが分かってたまるか!!」

 

乱暴に甲板に叩きつけられ、一瞬意識が飛びかける。今の言動に違和感を覚えたのだ

今こいつは「あたしら」と言った。なぜ自分も含んでいるのか?

どうにしろ元親はもう戦う気力を失っていた。血を流しすぎた。特に脇腹の傷が酷い

 

「アニ、キに、何、しやが、る」

 

ハッとした。横向きになった視界にはの足ばかりが映っていたが、それを掴む手があった

自分の手下だ。傷だらけになりながら地面を這ってきたのか、甲板に赤い掠れた道筋がある

は汚らわしいとでもいうように、その手を蹴り上げた

 

怒りが全身を支配し、それが動力源となる

 

元親は渾身の力を振り絞って鎖を叩きつけた。槍はあまりに重すぎて、今の元親では扱えなかったのだ

しかしそれでも鉄でできた太い鎖は、鎧を纏わない細い体に強烈な一撃を与えた

痛烈な一撃にの体は幾度も跳ね、隅まで転がる。撃たれたところは真っ赤に染まっている

 

「っくぅ・・・」

 

「お前の言うことは間違っちゃいねぇ」

 

傷ついた体を叱咤しようやく立ち上がる

 

「俺の言ってることは理想かもしれねぇ。もしかしたら偽善ですらあるかもしれねぇ

強いやつが下を守ってる例なんて数えるくらいなもんだ。お前の言うようなことをやらせてるやつらの方が断然多い

 

 

 

 

だがな

 

 

 

 

俺は俺を信じてついてきた野郎どもを守る!これ以上傷つけさせねぇっ!」

 

 

言う終わるが早いか元親は最後の力を振り絞って槍を投げた

槍は寸分たがわずの腹を捉え、そのまま手摺を破壊

は海の藻屑と消えた

 

 

 

の敗北

戦いのシーンは描写が難しいですね・・・。しょ、精進します

ちなみには巨乳です(いらん情報