本日は晴天なり

 

 

 

清々しいほどの青空に、無数の敷布団やら夜着がはためいている

米沢城恒例一斉布団洗濯大会である

 

 

奥州の兵たちが他より荒れくれ者が多いせいか、はたまたどこも同じなのか、洗濯物の多くは行方不明で定期的に洗うことが出来ない

 

特にひどいのは布団の類

 

部屋に放置が最も多いのだが、人数が多い上、枕が無かったりと揃わないのだ

 

そこで女中たちの進言で、この日が決められたのだが、逆に自らの首を絞めてしまうことになる

一日に大量の布団を洗わなくてはいけないうえ、いつもの業務がなくなるわけではない

 

女中の多くは恐れを抱きつつこの日を迎えるわけだが、今この場にいるのは、まだ女中歴の短い数人とだけであった

 

は乾いた夜着の匂いを嗅ぎながら、盛大な溜息をつく

綺麗に畳んで汚れないように廊下に置き、虚ろな目で物干し竿を見た

 

布の白さが目に眩しく、日光の匂いは格別にいいが、延々と続くこの作業はとても好きになれない

本当ならば、ここで布団に飛び込んで、丸くなってしまいたいほど

 

時々、この歳の子供なら外で遊んでる筈だと思うこともある

 

しかしそれほど魅力を感じなくなっているのは、悲しいかなすっかり板についたからか

 

「こらぁ!!またぼーっとして!」

 

「・・・・・・菊姉さん。そういうあなたも今来たばかりでしょう」

 

「先輩になんて口の利き方!許さん!」

 

「すいまひぇん」

 

ヒリヒリする頬を押さえて、またため息をつく

 

もうちょっと子供らしく!とよく言われるが、子供らしいのは若様だけで十分だ

それでもよく頭を撫でられることはあるから、子供扱いはまだ抜けないようだ

 

だったら先輩方もに仕事を後輩に押し付けないで下さいと懇願したい

 

「さ、早く取り込むよ!この後部屋に戻さなきゃいけないんだから!」

 

「今までサボってた人が何を、痛っ!」

「はいはい、皆働けー!」

 

あなたに言われてもやる気は出ませんよ

そう新参たちは心中で嘆いた

 

 

 

部屋に着物と布団を置くと、は大きく伸びをした

これで自分の仕事は終わりだ。このあとは廊下掃除が残っている

 

いつもより早くに終わりそうだと、掃除の後に何をしようと考えていると、向こうから女が一人歩いてきた

もちろん女中であるが、何かを探すように辺りを見回している

 

その女はの姿を見て取ると、こちらへ小走りでかけてきた

 

、片倉様の部屋はどこだったっけ?」

 

「片倉様ですか?こちらではなく反対です」

 

「えぇ・・・」

 

あからさまに嫌そうな表情を浮かべたあと、の顔を見て、彼女は満面の笑みを浮かべた

は不吉な予感がして、思わず後ずさりする

 

が、その手に着物と布団を押し付けられた

 

「じゃ、それ片倉様の部屋までよろしく!」

 

「自分でやってください!あなたの仕事でしょう!?」

 

「掃除が残ってるから!」

 

それを言うなら私もあります!

 

そう叫ぼうとしたが、既に彼女の姿はなく

は手に残された着物を見て、呆然と立ちすくんだ

 

 

 

片倉小十郎という男は、非情に冷酷な男だ

その顔は般若のごとく荒々しい顔であり、まだ若いながらも周りからは畏府の念を送られる

武士であろうとこのような批評を言うのだから、女中たちが恐れるのも無理はない

面と向かい合った女中が、半泣きで帰ってきたこともあるのだ

そんなことだから、彼が実は面倒見がいいことや、野菜作りが趣味なことはほとんど知る者はな

 

 

もこの男に、少しばかりの恐怖を持っていた

 

 

が、興味の方が強かった

というのも片倉小十郎の部屋に洗濯物を取りに行けば(皆恐れて取りに行かないのだ)、綺麗に畳んで置いてあるし、実は未だにお目にかかったことがない

 

何と言っても宮司の出なのに伊達輝宗の小姓なのである

 

それでも心の底では、会わない方が賢明と部屋に行くたびに胸を撫で下ろしていたのであった

ずり落ちかけた着物と寝具を持ち直していると、外から奇妙な音が流れてきた

 

それはそれはとても美しい笛の音

 

この米沢城にはお世辞にも、あまり似つかわしいとは言い難かった

少しくらいの寄り道でも罰は当たるまいと、くるりと方向を変えると、どうやら庭から聞こえてくるらしい

首をかしげつつも、心が踊るのは仕方のないことだった

 

最後に笛の音を聞いたのはいつぶりのことだろう

京の都から奥州に移ったあの日が最後に違いない

 

そして最後に自分のために吹いてもらったのも、遠い昔の大切な思い出

 

 

 

小十郎は何かに悩むことがあると、時折庭で笛を吹く

といっても、奥まったところであり、人もほとんどいない時に吹くので、誰も聞いたことがないはずだ

文武に秀でた彼はやはり音楽の才もあり、誰もが聴き惚れる音色を紡ぎ出す

 

そのような繊細な心を持ちながら、強面のおかげで真に心を許せる友はいなかった

 

それでも別にそれを嘆いたことはなかった

 

 

自分は慣れ合うためにここに来たのではなく、輝宗様に仕えるためにここに来たのだ

 

 

さすがに目の前で女中に泣かれたときは、少しならず心が痛んだが

 

ふと人の気配を感じて振り返る

誰もいないかと思ったが、よく見てみれば廊下の角に白い布のようなものが見える

 

「誰だ」

 

それがびくっと反応したかと思うと、そろりと小さな顔がのぞいた

自分より五つ六つは下に違いない

 

そういえば女中の中に、少女が入ったという噂をいつか聞いたことがあった

 

とすると持ってきたのは、着物や布団に違いない

 

小十郎は対応に困った

あの年齢なら自分のことを怖がるに違いない。あれより上の者でも泣いたのだから、あのような幼い少女ならどうなるか

 

「あ、あの!」

 

少し上ずった声に我に返ると、少女が完全に姿を現していた

小さな体で重そうに布団を抱えている

慌てて受け取りに行くと、少女は嬉しそうに笑った

 

「片倉様は笛にも秀でているのですね!」

 

丁寧に礼を言われたあと、恐れずに話を振られたことに驚いた

自分が怖くはないのだろうか

 

「どこかで習われたのですか?」

 

「いや」

 

「独学でそれほどまでに?感服いたします」

 

やけに大人びていると思うと、少女は無邪気な笑顔を浮かべた

この城に、輝宗様以外に笛を理解する者がいようとは

少女はというらしい。始終丁寧に話すので、些か違和感はあるが、これが素なのだろうか

 

小十郎は縁側に腰を下ろすと、にも座るよう勧めた

 

 

 

きちんと正座をし、背筋を定規でも当てたかのように伸ばして座ったは、これまで以上に緊張していた

笑顔で対応しているものの、胸は早鐘のように打っている

しかしそれも話すうちに収まっていった

 

この片倉小十郎という男は、女中たちの印象とは正反対にとても優しい性根の持ち主のようだ

 

「母親はどうした?」

 

今まで父について話していたのだが、やはり当然その話になってしまった

は一瞬顔を曇らせたが、前を見据えて言った

 

「病で死にました」

 

小十郎の顔が、しまったというように歪められた

死んだ親のことについて尋ねられることほど、決まりの悪いものはないだろう

もうこれからこの少女と話すことはないだろうと、小十郎が肩を落とした時だった

 

「だからこそ、片倉様に出会えたことが嬉しいのです」

 

「・・・何?」

 

「片倉様の笛の音色は、私の母のものと大変似通っているのです

ですから失礼とは存じますが、母の姿と重ね合わせてしまいました」

 

片倉様は男ですのに、失礼なことですね

 

謝りながらも、の顔には純粋な笑顔はなく、どこか悲しげなものだった

 

この歳ですでに母親を亡くしているのか

 

それを見た小十郎は、の頭に手を伸ばす

叩かれるかもしれぬと思ったは一瞬身を縮めたが、すぐにきょとんとした顔になった

半ば乱暴にの頭を撫ぜると小十郎はニッと笑った

 

「いつでも聞かせてやる」

 

それを聞いたの顔が輝いたのは言うまでもない

 

 

 

あとがき

唐突にこじゅの話を書きたくなりました←

本当はまだこじゅは出ないはずだったんですが、やっぱり我慢できませんでした(ぇ

どうしよう、こじゅの夢も書きたい(自重しろ