青葉城の広間には伊達家の重臣たちが顔を揃えていた。
一様に神妙な面持ちで見つめる先には、青い陣羽織が象徴的な奥州の主・伊達政宗。
そのすぐそばで控えるのは伊達政宗が最も信頼する家臣・片倉小十郎。
緊迫した雰囲気の中、つぃと外を見ればもう夜も深い。明日に支障が出るからもう下がらせた方がいい。
否。
これから言うことを聞けば、寝るどころの騒ぎではないだろう。
「今までご苦労だったな」
ごくり、と生唾を飲み込む音が静まり返った室内に響く。
緊迫の糸が限界まで張り詰める。
「本日をもってこの日の本の天も地もこの独眼竜のもんだ!」
『うおぉぉおぉお!筆頭ぉぉおぉお!!』
立ち上がって歓喜する家臣たち。
伊達軍の歯止め役を担う小十郎も、今回ばかりはいなすことなく顔を綻ばせた。
しかし政宗は宴だと騒ぐ声にうっすらと笑みを浮かべただけで、奇妙に空席となった場所を何とも言い難い表情で見つめていた。
濁り一つない酒に自分の顔が映り込む。
この日の本全てを掌握した者の顔だ。
右目に眼帯。左に宿る鋭い眼光。そして消えることのない微かな悲しみ。
到底天下統一に喜ぶ顔には見えなかった。
外は騒がしいが、ここには自分以外誰もいない。
城下町には明かりが灯され、馬鹿騒ぎする声が闇に響く。
最後の戦は厳しいものだった。
死人もたくさん出たし、兵糧攻めにもあった。
どれもこれも己の采配不足のせいだが。
甲斐武田から来た祝いの文を綺麗に畳み直し、こちらからも使いを出さなければと思う。
彼は崇拝するお館様と謙信公の美談のように、敵に塩を送る行為をやってくれた。
生涯を通した最高の好敵手になりえた男。
真田幸村と決着がつくことはもうない。
心が満たされることも。
得物を何合ぶつけ合ったか分からない。あの生き生きとした顔。凄絶な笑み。
不意に瞳が湿りだした気がして頭を振った。
そして手を固く握りしめた。
中に込められた黄金の髪留め。
血がこびりついて赤銅とも言えるような色になり、元の滑らかな手触りもなくなってしまった。
彼女はどんな思いでこれを取ったんだっけ?
「失礼いたします」
「入れ」
慌てて猪口を飲み干すと、直後に小十郎が入ってきた。
その襟に急いで直した形跡を発見して苦笑する。小十郎に手を出すとは下はかなり荒れているらしい。
「宴に行かれないのですか?」
「ああ。そういう気分じゃねぇしな」
小十郎は政宗の左手で鈍く光る髪留めを見た。
伊達軍にいれば、誰もが見たことのある金の漆塗りの髪留め。
竜の右目と称えられた男は僅かに顔を歪め、頬の傷を指でなぞった。
「彼女は、は素晴らしい武士でした」
「そうか」
「女中の腕も天下一。飯の旨さなど前田のまつ殿にも劣りません」
その褒めように政宗は喉を鳴らして笑った。
「そりゃあちょっとoverじゃねぇか?」
「この小十郎に武道を学び、忍んで戦に出てきたときにはなんという跳ねっ返りと驚きを隠せず、呆れ果てたものでしたなぁ」
数多の散る命を見てきた目が過去を追従するように細められた。
あのとき止めていれば。これが最初で最後の戦だと言い聞かせていれば。
小十郎は震えを抑えようと、膝を握りしめていた。
娘のように、妹のように可愛がっていた彼女の死。
あの戦を耐えれば次で最後だったのに。
「は女としてより武士としての道を自ら選び、政宗様をお守りすることこそ天命と申しておりました。
その人生に一片の悔いもないかと」
彼はさらに言葉を重ねようとして、喉に何かつっかえたように口を閉ざした。
深々と礼をしてから右目は初めて主君の前から無言で退席し、後ろ手で障子を閉めた。
何もないかのように去っていった小十郎。
だがその目頭には光るものがあった。
再び髪留めに目を落とす。
『最後まで御供いたします。この命が尽きしその時まで』
脳内で幾度も繰り返される誓い。
天下は統一された。戦はもうない。太平の世だ。
いつきたち農民も喜んで、わざわざ城まで出向いて礼を言いに来たし、真田幸村だって生きて政宗との決着を望んでる。
「なのに」
なのになんで
「あんたはいないのよ、政宗・・・っ」
生きていなきゃ、命がなきゃどうしようもないのに。
さようならさようならオレの愛しい人
次に契りを交えるそのときまで
差し含まんと誓ってくれ
(溢れる涙は止まるところを知らない)(きっとあたしの心はもう晴れ間を見せることはないだろう)
<あとがき>
さよならシリーズはタイトルが好き