「よお、久しぶりだな三人とも」

 

 

 

 

 

じゃねーか。なんでこんなとこに来てんだ?」

 

火にかけっぱなしの丸底フラスコからは怪しげな煙が立ち上ぼり、

怪しげな色の液体の入った試験管は火にかけてもいないのに始終泡立っているし、

ホワイトボードにはわけの分からない数式がびっしりと書き連ねてある。

床のファイルや紙は踏むと怒られるのに、足の置き場もないくらい散乱していた。

ざっといえばウェルデの研究室はこんなものだ。

唯一来客用と思われるテーブルセットにも、上等そうなソファに焼け焦げがある。

しかもテーブルにも紙が散らばっていた。

二つある二人掛けソファは四分の三まで埋まっていて、世に言う誕生日席にある座部が回る椅子にウェルデが一人座っている。

 

「リボーン、コロネロ、風まで。お前ら仕事はどうした?」

 

「有給ですよ」

 

「へー……」

 

真っ赤な嘘である。マフィア界にそんなことがまかり通っていたら、全く緊張感のないダルダルになってしまうではないか。

実際リボーンとコロネロはがこの研究室にあししげく通っているという噂を聞いて顔を出しただけだし、風はただの同伴である。

強いていうならノッテから仕事の依頼がないか尋ねに。あとそれなりに仲のいい友人なので、世間話でもと思ったのだ。

ノッテの次期ルナは忙しい。

は完璧に納得したわけではないものの、有給があるファミリーがあってもいいではないか思ったらしくと腰を下ろした。

リボーンの隣、風の前。

あの社会不適合者はもちろんお茶を出さないので、風が勝手に沸かしたジャスミン茶をビーカーに注いだ。

ウェルデが顔をしかめても、さっきもやったことなので、彼は軽く微笑んで流す。

 

「そういうてめぇはどうしたんだコラ」

 

「健康診断?的な?」

 

「改造の予定でも立てる気なのか?」

 

「誰が原型を留めないほどイジらせるかよ」

 

「留めてりゃイジらせんのか」

 

「まあ、改悪じゃない限りは」

 

だってそういう約束だしな。

澄ました顔で茶をすすっているが、言っていることは衝撃的なことだ。

スラリとした脚、豊かな胸、端正な顔。

これをマッドサイエンティストに触れさせるなどもったいない。

恐れ多くもこの美女に怪しい薬を投与していたら殺してやる。

そういう意味を込めてリボーンが睨み付けるても、ウェルデはいつものように表情一つ変えない。

リボーンはそろそろと手を伸ばす。

コロネロは半ば食い気味にに尋ねた。

 

「白兎はどうしてんだコラ」

 

「元気だぞ?この前の仕事じゃ、血塗れで帰ってきたからどうしたと思ったら、全部返り血だったからな。

そういや毎晩誰かの写真にクギを打ち付けてるんだが、あれは誰のだろうな?」

 

コロネロがショックのあまり固まった。

茶が旨いらしく、もう飲み干すと気をきかせた風が注ぐ。

彼女は一口飲んで、一瞬不審そうに首をかしげた。そしてウェルデを見てからまた飲む。

彼はというとしかめっ面のままだ。

恐らくすぐにの健康診断という名の実験ができないからだろう。

そのとき彼女が腰にかかった手を叩き落とした。

 

「残念だが私はそういうのに興味はない」

 

冷徹な瞳で睨み付けられたのはリボーンだった。

この仲で付き合いは一番長いはずだが、反してどうにも折り合いが悪い。

それは彼が見た目十五辺りになった頃だろうか。の年齢は二十前半。

はリボーンの変わりようについていけないのかもしれない。確かに元の姿に戻ることが悪いと思ってはないだろう。

だがあれだけ可愛がっていた赤ん坊が急に大きくなったりしたら誰でも戸惑うというもの。

 

「昔のお前はあんなにオレに甘えてきたのに、飽きたらポイか?」

 

「飽きたんじゃない。守備範囲を大きくはずれたんだ」

 

そういうわけでもなかった。

 

「私の好みは年下だ!それも十歳以上な!」

 

「そりゃお前犯罪だコラ。白兎だってオレらと同じ年だぞ」

 

「白兎の可愛さは変わらないからいいんだよ」

 

「彼女もあなたに言いそうなセリフですね」

 

言い分が色々おかしいが、それを指摘したところで、真っ当な答えが返ってくるとは思えない。

かつてのリボーンでも思い出したのか今にもはハンカチでも噛み締めそうである。

 

「だいたいお前は変わりすぎだ。

あんなに可愛かったのに数年の間にそんなにゴツくなるし、私の純情を返せ!」

 

「オレはいつまでも萌えの王子様だぞ」

 

「じゃあフゥ太は王様だな」

 

「おや、てっきり白兎を引き合いに出すかと思いましたが」

 

「白兎は神だ。比べるべくもない」

 

力説されても困ります。

リボーンとの痴話喧嘩のような話に付いていけなくなったコロネロは風に、ショットガンの買い替えはいつするべきか相談し初めてしまった。

白兎の話は迂濶に長引かせると、深夜まで続くから、一言二言しか継続して話してはいけない。

だがコロネロが名残惜しげにに視線を投げると、彼女はたくみに白く美しい手を回避している最中だった。

髪を触れられそうになれば手を払い、握られそうになれば後ろに回す。

そうするうちについに彼女はキレた。

半ば叩き付けるように手を叩き落とすと、猛然と立ち上がり、

 

「いい加減にしろ、っ!」

 

は突然胸に手をやって崩れ落ちた。

衝撃でコップがひっくり返り、中身を白い床にぶちまけ、茶色い染みを作る。

そしてそのまま倒れこんだ。

リボーンの膝の上だ。

 

「どうかしたか?

……ウェルデ、何しやがった!」

 

役得とばかりに満面の笑みを浮かんできても、当の彼女が胸をかきむしっていては、どんな無神経であっても異常を感じるだろう。

茶は風が淹れても、部屋とビーカーははウェルデのものだ。普通に考えて科学者が怪しいと思う。

白兎を呼ばなくては、と携帯を取り出すが、番号を知らないことに気付いて力任せに携帯を壁に投げつけた。

ますます苦しんで終いには全身をかきむしる

見ていられずリボーンはその身体を抱え上げ、ウェルデに詰め寄った。

 

「何をした」

 

「まあ落ち着け。別に死にゃしない」

 

電光石火。

緑の頭に黒い銃口が押し付けられた。安全装置を外されたそれは、冗談ではないことを物語っている。

 

「お前らがその女の年下でいられるような薬をやっただけだ」

 

「てめぇの都合でを婆さんにするな!

ただの実験台代わりだろうが!」

 

そのとき両腕からが滑り落ちた。

体重が無くなったかのような感覚に驚いて目を見張っているうちに、スーツの塊が床に丸まる。

しばしの沈黙。

 

「ちょ、てめぇぇえぇえ!老化するどころか消えてんじゃねぇか!行きすぎてんぞコラ!」

 

「おや、失敗したようだな。そういうこともあるさ」

 

「言葉と裏腹にひどい汗だぞ!」

 

次期ルナを消してしまっただけあって、ウェルデも焦りを隠しえない。

どうしよう確実に消される。主に白兎に。

あと親衛隊の皆様に。

コロネロが襟首を掴み、リボーンが殺気立つ。

風はしゃがみこんで、スーツの上着をめくってみた。

後継者だけあって仕立ても布地もいい。

自分も常にこういうものを身につけたい限りである。

かといって直接攻撃限定なので、仕事をするたびに返り血なんか浴びていたらキリがない。

続いて不謹慎と思いながら、ワイシャツの中を覗き込む。

 

「おや?」

 

 

 

「でそんな説明で私が納得するとでも?」

 

氷のような視線が三人を突き刺す。

厳しいマフィア界で生き残ってきた彼らも、さすがに震え上がっていた。

の携帯で連絡した一時間後に現れた白兎は、来るなりウェルデにアッパーカットを決めて叩き沈めた挙句、凄腕ヒットマン三人に正座を強制した。

一時間かかったからには十時間くらいかかる場所にいたに違いない。彼女はのためならマッハだって出せる。

白兎は何故か持っている竹刀で床を叩いて、親指の爪を噛んだ。

 

「じゃあどう説明しろってんだ白兎。これが一から十全部だぞコラ」

 

「黙れクズが。生ゴミにされたいんですか?

その話からしたら、様を守れたのは貴方達だけじゃないですか!それともこうなってしまったのは当然の通りとでも?」

 

彼女は怒りに震えながらソファを指差した。

白兎が応急処置でワイシャツから作り上げた服を着た幼女は、グラスを両手で持って機嫌良さそうにオレンジ色の液体を飲む。

そう彼女がだ。

ウェルデがビーカーに仕込んだ薬は、を老化というか年を取らせるはずだったが、失敗したようで幼児化してしまったのだ。

しかも暗黒のアルコバレーノ赤ん坊時代の体型、二等身である。

あのナイスバディは見る影もないとリボーンは嘆いた。

コロネロはまた白兎に許しを得る機会を失ったと呆然とした。

風はこの逆にずれた実験結果を調べようとしたウェルデからを奪い取り、白兎に連絡。そして今に至るわけだ。

白兎は竹刀をへし折りそうな勢いで握って唸る。

ジュースを飲み終わってしまったは心許ない足取りで風の膝にしがみついた。

満面の笑みで紅葉のような手の平を広げ抱っこをせがむ様は癒されるの一言につきる。

不覚にも風もキュンとしてしまった。怒り心頭のウサギをためらいがちに見上げると、瞳を燃やしながらもゴーサインが出た。

が望めばできることなら何でもする。それが彼女のモットー。

正座を崩して胡座をかき、抱き上げた彼女を高く掲げると嬉しそうに笑う。

それに乗じて正座を崩そうとした二人は竹刀の応酬をくらった。

 

「いって!何しやがる!」

 

「貴方方が反省していらっしゃらないようなので。

様がお許しにならない限り、その座を崩すことはなりません」

 

「あれは許したうちに入るのか」

 

「諦めなさいリボーン。今逆らうと後が怖いですよ。

ねぇ、?」

 

「ねー?」

 

「(可愛い……!)」

 

風はギュッと彼女を抱き締めてしまい、スリッパの応酬を受けた。

地味に痛い頭をさすっていると、「いたいのいたいのとんでけー!」とがジェスチャー付きで言う。

これに白兎が心奪われないはずもなく、顔を赤くして壁を叩いていた。

多分着メロにでもしたい気分だろう。

 

「まさか中身まで幼児化してるとはな。てっきり中身はそのままだと思ってたぜコラ」

 

コロネロの横っ面に強烈な衝撃が襲った。

もちろん竹刀のせいだが、リボーンにやるときとは違って殺気すら感じるような一撃だ。

これには厳しい訓練を積んできた軍人も、顔を押さえていじめられっ子のような風体を取るしかない。

いや姑にコキ使われた新妻か。

 

「貴方はお黙りなさい。ウェルデが失敗であってもそんな生半可なことをするとお思いですか?」

 

「そんなに騒ぐなよ。一から教育できていいじゃねぇか。

オレが面倒見ればそれはいい女に」

 

「どこの馬鹿が貴方に世話を任せますか。

貴方みたいな反面教師に任せるよりはこの筋肉馬鹿に任せた方がまだマシですよ!」

 

「白兎、それはひどいぜ」

 

白兎の一睨みで彼は黙りこんだ。

今までの純粋な成長には悪影響を及ぼしそうなやりとりを見ていたが、

白兎とコロネロを交互に見比べてから、風の膝から降りるとコロネロの腕にしがみついた。

少し驚いてその瞳を覗くと、邪気のない輝きが宿っていた。

 

、白兎がオレを虐める!」

 

「なんてこと仰るんですか!

様に変なことを吹き込まないでください!」

 

すかさず獲物にを盾に出され、右腕は歯噛みするしかない。

を中心に繰り広げられた攻防戦は、その軸が取り上げられたことで終わりを告げた。

を抱えたリボーンはその頭を撫でて、部屋を出ていこうとした。

最強の盾がいなくなったのをよいことコロネロに仕置きするのに夢中なった白兎はそれに気付かない。

代わりに風がヒットマンを捕まえた。

振り払おうにも拳法家だけあって握力は並々ならぬほど強い。

束縛を解くのを諦めた彼はあからさまにため息をつきながら振り返った。

 

「どこへ?」

 

「どこってオレの家に決まってんだろ。

これから一緒に暮らすのに色々準備しなきゃならねぇ」

 

「その必要はないわよ!」

 

チッと舌打ちし、風にバレたのはお前のせいだと責めの視線を浴びせる。

風は元々リボーンにを連れていかせる気はなかったので、お返しににっこり笑ってやる。

襟首を掴んでズルズルとその長躯を引き摺り、誘拐未遂の男の前に立つと、彼女は刀を抜き放った。

 

「行かせないから」

 

「随分な自信だな。銃と刀じゃどっちに分があるか分かってんだろ」

 

帽子の影から笑ったのを見て、白兎が刀を下段に構えた。

腕の中の子供はさすがマフィアの子と言うべきか、一触即発の空気にも臆せずネクタイに興味を示す。

 

「そもそもはオレになついてんだ。

無理に引き剥がすのはお前のポリシーに反するだろ?」

 

「それは間違いよ。様があたしよりあんたになついてるなんてこと有り得ないんだから」

 

「本当にそう思うか?」

 

微かに片眉を上げる。

リボーンはを抱き直し、向き合うような体勢を取らせると尋ねた。

 

、オレは誰だ?」

 

「ぱぱー!」

 

「!?」

 

ぴしりと凍り付く白兎を見て、ニヤニヤ笑いながらリボーンは続ける。

 

「あっちの二人は?」

 

「ころにぃとふぉんにぃ」

 

「よく覚えてんじゃねぇか。お前は賢いな。

オレのことは好きか?」

 

「だいすき!」

今にも崩壊しそうな白兎は、最後の気力を振り絞って尋ねた。

心なしか声が震えている。

 

様。私のことは?」

 

「すきー!」

 

ニコニコ笑いながらは言うが、白兎はショックのあまり石になった。

なぜならが愛してると言ってくれなかったからだ。いや百歩譲って、リボーンが好きで、白兎が大好きならよかった。

それが逆。つまり白兎の方が劣っていると。

 

「(様の私への愛が、リボーンへのものより劣っている……?)」

 

偉いと褒められたは、人目もばからず矯声をあげている。

身体も人格も幼児化されているから当たり前なのだが、それに白兎は耐えられなかった。

 

様の様の……、

馬鹿ぁぁあぁぁ!」

 

扉を閉めもせずに白兎が走り去っていく。

 

「ぱぱー、びゃくとはどこいくの?」

 

「大人には大人の事情ってやつがあんだ」

 

「じじょー?」

 

「ところでリボーン。

本当に彼女を育てる気ですか?」

 

「んなわけねぇだろ。が一番綺なのはあのだからな。

とりあえずウェルデをしめる」

 

 

 

BRING UP!

「白兎どうしたんだ。何かあったのか?」「大丈夫だ問題ない。だから来ないで」「どこが大丈夫なんだ!お前が敬語がはずれたときは怒ってるときだろ」「自分の胸に手を当ててよーく考えて」「そうか分かった」「え、様どこへ!?」「白兎に嫌われるなら死んでやるぅ!!」「いやぁぁあぁあ!様ぁぁあぁあ!?」

 

 

 

 

 

<あとがき>

は窓から飛び降りる直前で皆に押し止められました。

名もなき少女さんからのリクで、お題9の「どこだ大丈夫なんだよ」の「ギャグ。リボーン相手で、アルコバレーノたちとうひゃうひゃするとなおよし」でした!

これは……、うひゃうひゃしてませんね← リボーンに落ちてもないよね!

むしろアルコたちがうひゃうひゃしてます。どれもこれも私の文章力と想像力の足りないせいだ……!なんかもう皆のキャラが濃すぎてみんなとうひゃうひゃは無理でした。

赤ん坊だと夢主じゃ収集つかないし、じゃあ大人でって思ったらが拒否ったという……。

やはり白兎が邪魔しくさります。この人どうしよう。どうしようもないよ、お前のせいで夢主は誰ともイチャイチャできないじゃないか。

しかもコロネロはひたすらに不憫だし。白兎とコロネロの因縁は本編で語らせていただきます。かといって何年後になるやら……(遠い目

名もなき少女さんのみお持ち帰り可です。煮るなり焼くなり好きにするがいい!

なんか補足的な↓

ちなみにボスとはノッテでは後継者の名称です。

まとめて報告するのはナンバーツーの役目なんで、実質的には後継者が取締役というか、ボスっぽいというか。部下たちと接するのも後継者が一番多いしね。

そのときに仲を深めてルナに上がるわけです。