「ここが日本……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母さんや先代たちが愛した国、そして初代様の生まれた国。

片輪が壊れてしまったスーツケースを引きずるのを止め、まだ肌の色も髪の色も多様な空港内を見渡す。

かなり昔に改装されたとは聞いていたが、見習いとしての仕事が山積みでとても私用で訪れる暇などなく年月が経ってしまった。

本や映像でなら度々見たことがあるが、再現とは言えど日本特有の江戸の町並みを生で見られるなんて!

だが、と再び舞い上がりかける気持ちを抑えるため、アイスブルーの瞳を閉じる。

今回も私用ではないのだ。

そりゃ母さんはゆっくり羽を伸ばしてこいとは仰られたが、

現在日本で暗躍するマフィアを抹殺するため、日本警察の応援に駆け付けたのだ。

そして研修も兼ねている。

厚着になるほど恩を着ている身としては、荻野刑事の要請を断るわけにもいかない。

だからお土産やら何やらを買い込むのはこれっきりにしなくては…!

と早くもイタリアへ送ってしまった大量の土産を思ってうなだれた。

私は悪くない。こんなにおいしそうなものを売ってる羽田が悪いんだ。

そして店員さんのミニスカートも。

母さんだって日本に行きたいって顔に書いてあったにも関わらず、私を日本に送ってくれたんだから、

土産を買っても悪くないはずだ

だって私のじゃないし。

そう言い訳しつつ、抹茶ソフトを口に運ぶ。

時計を見ると二時を回っている。もうあの子も着いていい時間のはずなんだけど……、

 

『だーれだっ!』

 

突然目の前が真っ暗になって、眼球に微かな圧迫感とキラキラした声が耳に入った。

この軽やかな足音は!

 

『ステラでしょ?』

 

『あったりー!』

 

言いながら振り返ると、腹に飛びついてきた。

パッと見るとただの可愛い女の子だが、彼女は列記とした本場おフランスの秘密警察犬シークレットドーベルマンだ。

幼くしてすらっとしたその足からしてすでに将来有望。

フランスのドゴール空港で一度会って仲良くなったはいいが、警備上の問題とやらで分断されてしまった。

あの時の別れはさながらデ・アミーチスのクオーレのようで、

泣く泣くむさ苦しいオヤジどもに連れていかれる姿と言ったら…、

 

『あれ?ステラ、飛行機から降りた時、こう、ずらーっとアリの行列みたいにスーツ着た人たちはいなかったか?』

 

『うん』

 

抹茶ソフトを舐めてみたステラは、苦いと言って顔をしかめた。

代わりに白玉を放り込んでやると、もちもちした触感にはまったのか、いつまでたっても口を動かし続ける。

ステラの幸せそうな笑顔に不覚にも流されそうになったが、彼女の口から出たのは聞き捨てならざる事態だ。

日本警察終了のお知らせ。フランス警察が革命起こしちゃうよ。

そしてさらに続いた言葉はそれを上回る大津波だった。

 

 

『ゆずきが迎えにきてくれたの!』

 

 

ピシッ

 

『ゆずきってまさか緒方柚木じゃないよね?違うよね、違うんだよね?

だってまさか荻がそんなこと許さないよ。荻が迎えに来るって言ってたんだよ?

ああそっか、なんか用事が出来て代わりを送ったんだな。同じ名前のやつ送るなんてブラックジョークが過ぎる』

 

ー!」

 

終了のお知らせ。

背筋を雷のごとく悪寒が走った。思わず劇画タッチで振り返る。

辺りに花をまき散らし、両腕を包み込むように広げた三十路近い男。

道行く人々は彼のことをまるで宇宙人を見ているかのように、奇異のまなざしで見る。

 

「ホントにお前かよっ!?」

 

は絶叫した。

 

 

 

 

 

ところ変わって○×銀行。

周辺は黒い装備に身を固めた機動隊員と、そのガードの前で拡声器を持つ鉄人一号によって囲まれていた。

彼がいるからには核兵器が飛んでこようと国の平和は守られるだろう。

今回荻が立ち向かうのは毎度お馴染みマフィアの銀行立てこもりじけんだが、いつもと違うのは機嫌が絶不調ということだった。

 

「おとなしく投降しろ!今なら穴が空くまで殴るだけで勘弁してやる!」

 

「普通に暴力であろー!」

 

物理攻撃が効かないヤツにそんなに殴られたら確実に死ぬ。母なる大地まで悲鳴を上げる。

ヤギはダンディにブラインドを閉めて歯軋りした。

まさかこんなに早くあの大魔神がくるとは思わなかった。何より管轄が違うはずである。

 

「うわっ、すっげー殺気。更年期か?」

 

「まさかこんなところで般若像を拝めるとは」

 

「麻酔薬持ってきとったらよかったなぁ」

 

距離が離れているだけあって、割と余裕なヴァレンティーノの面々。

銀行から金をしこたま盗んだ挙句、ヤギヴァレンティーノ札とすり替えようと来てみたものの、

一瞬で快眠に至れると評判の特製睡眠薬投げて(うっかりノア以外はガスマスクをしていなかったので散々だった)

侵入成功!と思ったら、早くも機動隊が来てしまったのだ。しかも鉄人付きで。

金庫は破れたが、いかんせん装甲車仕様のトラックはレッカー移動された。

 

「ノア!何かないのか!」

 

「ムリや。予算を『押してダメならグリゴリ押し君金庫破りバージョン』につぎこんでしもうたわ」

 

「ヤギ風情が日本武具買い漁ってるからこんなことになるんだろ」

 

「もうちょ〜っと予算があれば、対刑事用超装甲車とか作れたんやけどなぁ」

 

「ぐぬぬ」

 

ヤギは歯を食いしばって震えだす。

そして、

 

「ロレェェンツォォオォオ!」

 

逃げた。

 

「ちょっとあなたたち何してくれるんですか!首領の心はガラスなんですよ!?」

 

「そんな心なら砕けちまえよ」

 

ガブリエラのドS魂は上司にもいかんなく発揮された。

警察に追い詰められた犯罪者グループとはとても見えないが、なにせファミリーの頂点を占めるのがヤギと袋である。

向かうところ敵なしだ。

DVな夫から娘を守る母のごとく首領ドンの前に立ちはだかるロレンツォ。

そしてその美貌なのにDVな夫役ガブリエラ。

見る者が見れば夢のタイトルマッチだろう。チケットはバカ売れだ。

とはいってもこのままではあの鉄人によってファミリーの危機だ。

この天才少女ノアがこの場を取り仕切らんでどうする!?

と思ったかどうかは定かではないが、深くため息をついたノアは何かしらの口火を切ろうとした。

まさにそのときである。

 

「……?首領、なんか聞こえんか?」

 

「なんであろー?」

 

同じく気付いた首領は首を傾げた。

二人はまだ言い争っている。

そこで強烈な破砕音。

 

「うおっ!?」

 

ちょうど二人の間に窓ガラスを破って現れた何かは、一度大きくバウンドしてATMにぶち当たり、ずるずると滑り落ちた。

ATMは赤い羽根募金箱と化す。

マフィアもびっくりな大惨事だ。

重点的に頭を打ったのか、最早髪の毛は某ドM探偵のように真っ赤である。

彼、いや彼女?は何かを探るように、プルプルしながら片手を上げ、

 

パタリ

 

「おぬし、大丈夫かー!?」

 

「誰か医者呼ばんかい!死んでまう!」

 

「あなたが医者でしょう!」

 

「あ、そうやった」

 

 

 

 

 

あははー

 

うふふー

 

待て待て〜、そこの美脚なお嬢さ〜ん

 

それは俺のこ「うぎゃぁぁあぁあ!!」

 

『ぎゃあぁぁあああ!!』

 

悪夢だ。まさか金髪スレンダーなカモシカさんが、柚子だなんて!

息も荒く再び床に寝転ぶと、はたと我に返った。

そうだ。アイツから逃げてたら、トリコロールカラーのデコトラに撥ねられたんだ。

あのトラック、大丈夫だろうか。随分気合いの入った装飾だったのに、正面に人型の凹みとか残念すぎる。

心配する方向が違うのはいつもの癖である。

血でべたつく頭を掻いていると、細い柱の陰にヤギと袋と少女とメガネが隠れていた。

ヤギが二本足で立っている。

 

『……』

 

つかの間の静寂。

よし、落ち着け。落ち着いて深呼吸だ。

こういうときは殺の字を書いて飲み込むんだって母さんが言ってた(違

袋がヤギに何事か耳打ちした。ヤギの顔が真っ青になる。

袋がしゃべってる。

は大きく息を吸い込んで、

 

『ぎゃぁぁああぁあ!!』

 

叫んだ。

ほとんどヤギと同じタイミングである。

 

「ヤギが立って、袋がしゃべるって何!?脳のキャパが足りないよ!

inヤギランド!?ハリウッドだって手は出さないよ!」

 

「ワシらをアンブレラ社の手駒にしようなどと、そんな勝手は許さんぞー!!」

 

「やかましい!」

 

メガネに蹴られたヤギが、強烈なスピンをかけてに突っ込んできた。

 

「あぁぁああ!?」

 

別の意味で叫びながら避けると、背後から鋭い衝突音が聞こえた。

恐る恐る振り返ると草食動物は見事壁にめり込んで、芸術的な壁画を作り出していた。

 

「首ォォオォオ領!」

 

横を袋が風のように走っていく。

ドンとは仰々しい名前だ。

ドン引きしながら袋がドンを救出する一部始終を見守っていると、目の前に足が振り下ろされた。

上を見上げると背景のゴゴゴゴ、と効果音のつきそうな顔のしたメガネが。

 

「ど、どうも」

 

この人ヤバイ人だ。だって今にもメガネがきらーん☆ってしそうだもの。

うちの教訓にもあったよ。『ドSと鞭の使いようは間違えると大変なことになるよ。いやマジで』(意訳)ってのが。

ジョー○の音楽が脳内で繰り返し流れる中で、はわしっと頭を掴まれた。

 

「首領!いい盾見つけたぞ!」

 

「盾言うなー!私は武器でありたい!」

 

「せやけど姐さん。そいつ警察の回しもんかもしれへんで?

鉄人と似たような身体しとるし」

 

そういう少女の顔はえらい危ない。変態そのものだ。

聴診器とか持ち歩いてる時点でアウトだ。

断りなく心音を聞き始めた彼女は、深く掘り下げるには経験値が足りなかったので、

この犯罪者集団から身を守る(意図的にそうする必要もないが)ために、自分が緒方柚木に追われていた旨を話した。

別に犯罪をやったわけでもないし、前科はバレていない自信があるので、柚木に逮捕されるというわけでもないが、

あんななりでも警察の人間である。

しかもこいつらが鉄人を知っているなら、ライバルであるやつのことも知っているはず。

だから自分と同類だと分かれば、警戒を解くはず!

という自分の上手くまとまっていない脳内説明には一人頷き、

そんな細かいことをうだうだ言っていても通じないだろうから大まかに細大漏らして説明する。

 

「でデコトラに撥ねられて、緒方警視に追っかけられてたわけよ」

 

「最後の結びがおかしいですが、回し者ではないことは確かでしょう。

機動隊の動揺の仕方が計算されたものでなければ」

 

事実銀行の外はざわざわしていた。

まさかだれも事故に巻き込まれた人が、立てこもり現場に突っ込むなんて考えないだろうから。

だって私も予想外。

ブラインドを刑事ドラマ風に開けてみると、隊員でできた黒い山が見えた。

「落ち着いてください!」みたいな声が聞こえるが、誰か被害者の身内でも取り押さえているらしい。

だとしたら乱暴なことだ。あんなことしたら凡人じゃ重傷は免れないだろう。

それでもその背後には無数の隊員たちがいて、私が強行突破すると彼らが危ない。

 

「こら、ロリ少女。レディの背中をめくらない」

 

「こんな状況じゃ、一生こっから出られへん。どないしたもんかなー」

 

「聞けよ」

 

全く人の話を無視して診察染みたことを続ける彼女に一瞬殺意沸いたが、少女の言葉にピンときた。

 

「ちょっと取引しないか?」

 

「取引?」

 

ヤギが応じる。

多分このグループの一番上なのだろう。

 

「そ、取引。私急いでるんだよね。遠くイタリアから来て、家族同然の人の家に行きたいのに、こんなところにすし詰め状態。

私は早くここから出たいし、あんたらも脱出したい」

 

「そうであろー」

 

「だけど私が一人で逃げると、この一味と間違えられるわけなんだよね。

トラックなりなんなりをここに体当たりさせて、お前ら逮捕、人質救出っていうのは簡単なんだけど、

こっちに来たらあんまり派手なことはやるなっていう御達しがあるから、それは避けたい」

 

「協力しよう、というわけか?」

 

「ま、そういうことなんだけど」

 

訝しげな表情のヤギに向かって、にっこりと笑ってみせる。

口調が変わったのと脅迫のような内容に、全員が身を固くした。

警戒心を解くどころか、甲羅にすっぽり収まってしまった感じである。

取引において優位に立つことは重要だ。平等じゃ何も進展しない。

 

「条件が一つある」

 

ごくりと唾を飲む音が響く。

緊張の一コマ。

 

「仲間に美脚がいなきゃ、やる気出ないんだよねー」

 

『は?』

 

はそのまま長椅子に伸びた。

そう美脚。これは絶対に抜かせない要素の一つだ。私のやる気のオンオフに関わってくる重大なこと。

NO 美脚、NO LIFEである。

開いた口が塞がらないといった体の彼らを横目に、はクッションを抱き締めて寝返りを打った。

そこに奇跡の一報が入る。

 

「なんや、そんなことやったら、姐さんの脚は綺麗ってことで巷じゃ有名やで」

 

「そんなバカな!」

 

勢いよく起き上がったは、その姐さんの脚をガン見する。

残念ながらズボンと長い上着でほとんどシルエットを見ることはできない。

 

「お姉さんお姉さん、裾上げて!脚見せて!」

 

「お前はド変態か」

 

「変態じゃない!変態という名の淑女だ!」

 

「変態でしょう」

 

あっさり切り捨てられたが、それくらいでは生足の前のはめげない。

エサを待つ犬といった風に、カーテンコールを待つ彼女をみかねて、ヤギは姐さんに話しかけた。

 

「見せてやるがよかろー。減るものでもあるまい」

 

「プライドがすり減る」

 

「もしこやつが役に立たなかったときには、煮るなり焼くなり好きにしてもよかろー。今は脱出が先決じゃ」

 

「……」

 

彼女はの前につかつかと歩いてきて、それからソファに片足を乗せた。

こんなことを要求しておきながら、生足が拝めるのは今か今かと待つの瞳は、子供のようにキラキラと輝いている。

姐さんの手がズボンの裾にかかって、徐々に肌が露わになる。

まずほっそりした足首が現れ、続いて脹脛へと……、

急に彼女は裾を戻した。

 

「あぁー!なんで途中でやめちゃうの!」

 

絶望を顔に刻みつけ、は叫んだ。

AVを見ている途中に電源が切られたような言い草である。

 

「前払いはここまでだ。全部見たかったら、しっかり働くんだな」

 

勝ち誇った姐さんの顔が眩しい。

どうせここまで焦らされるんだったら、最後に見せてもらえばよかった。

は自分が不利な立場にいることを知った。

 

「(これが生殺しってやつかー・・・)」

 

半泣きである。

 

 

 

美脚航空

(将来の夢は世界一の美脚に踏まれることです)

 

 

 

 

あとがき

和様からのリクで「キューティクルでギャグ(ガブリエラ出演希望)」でした!

毛漫画を知ってる人がいると、なんか嬉しいですね!まだまだマイナーに当たりますし。

夢主変更。安定してないんで、また変わるかもしれません。